新川上分(下久下村)
  大嶋どかさんち(大嶋利雄さん宅)
新川の繁栄と滅亡を後の人に伝えたいと仕事の合間に綴った小冊子「新川河岸と新川集落」。これがきっかけで新川見直しがスタートしました。生家は養蚕業で、明治41年生まれで昭和15年まで32年間ここに暮らしました。本業は社会科の先生で、子どもの頃から伝わるお祭りや風習、狐に騙された話などを今に伝えました。「どかさんち」というのは雨が降るとぬかるむ家、という意味とか…