久下に新しい荒川ができてからというもの、それこそ三年おきに大水が出て、久下と大里の人々は夏になると雨のたびに秩父の方を見上げては、不安な日々を過ごしていました。中でも新川村はお椀のなかに水を注ぐようなもので、大水は何よりも恐れられていました。

 そんなある夏のことでした。夜から降り始めた雨は、朝になってもやまず、益々雨足が強くなり、夕方には水かさを増し、ごうごうという音をたてて、川ぞいの家を呑みこみ始めました。

 その水の勢いといったらありません。上流から流されてきた大きな木やタンス、中には逃げ遅れた牛なども凄い速さで流されていくのでした。
「こんな凄い大水は初めてだ!」と村の人達は少しでも高い場所に逃げていきましたが、逃げ遅れたのは、病気の母親を抱えた漁師と娘でした。三人はかろうじて屋根の上までたどりつきましたが、その屋根もひたひたと水が押し寄せ、一時もすればみんな濁流にのまれるにちがいありません。

 その時、娘が叫びました。「あれは、何、大きな蛇のようなものが来る!」みるとそれは胴回りが一抱えもある大きなウナギでした。凄い速さで漁師一家に近づいたかと思うと、屋根から病気の母親と娘、そして漁師を助けると堤みに向かって泳いでいきました。漁師は川魚をとって暮らしの糧にしていましたが、毎年、魚供養を欠かしたことはありませんでしたから、心から神様に感謝したのでした。

 漁師一家を助けた大ウナギは、その後も取り残された人や動物を背中に乗せて、次々と堤みの上に運びました。そうこうするうちどこかの堤防が切れたらしく、水が嘘のよう引いていきました。

 大水の後、人々は「あの大ウナギは川の主に違いない」と噂しあい、それからはウナギを獲る事も食べることもしなくなったということです。


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